2019年8月1日木曜日

ドキュメンタリー映画『おしえて!ドクター・ルース』トークイベント


「笑顔と愛で他者を助けるドクター・ルースに『誰しも自分自身でいいんだ』と言ってもらえるのが心強い」とNY在住ライター佐久間裕美子さん




90歳の現役セックス・セラピスト、ドクター・ルースの波瀾万丈な人生を描いたドキュメンタリー映画『おしえて!ドクター・ルース』が8月30日(金)より新宿ピカデリーほかで全国公開される。公開を前に試写会付きトークイベントが行われ、NY在住ライター佐久間裕美子さんが登壇した。

取材に入りたかったのだが、残念ながら行けなかったので、トークイベントのリリースを送ってもらいブログで紹介することに。

ドクター・ルースは1980年代のニューヨークでセックス・セラピストとして日曜深夜のラジオ番組に登場。誰も教えてくれない性のお悩みをズバリと解決し、そのチャーミングなキャラクターでたちまちお茶の間の人気者に。
性の話はタブーだった時代に、エイズへの偏見をなくすべく立ち上がり、中絶問題で女性の権利向上を後押し。LGBTQの人々に寄り添い、社会を切り拓いてきた。

いつも笑顔で前向きなドクター・ルースだが、実は家族をホロコーストで失うという過去を持つ。終戦後はパレスチナでスナイパーとして活動し、女性が学ぶことが難しかった時代に大学で心理学を専攻。その後、アメリカに渡り、シングルマザーとして娘を育てていたが、30歳の時に、3度目の結婚で最愛の夫フレッドと出会う。

自分らしく生きるために学び、恋し、戦い、働く。アメリカで最も有名なセックス・セラピストのドクター・ルースはいかに誕生したのか。本人や家族、友人のインタビューなどを通じて、時代に翻弄された90歳の半生を解き明かした本作は性の問題だけではなく、自分自身を丸ごと認めてもらえた気持ちにさせてくれた。



本作の公開を記念し、トークイベントが行われた。ゲストは佐久間裕美子さん。佐久間さんは20年前、単身ニューヨークに渡り、ライターとして政治経済や社会問題から、ファッション、ライフスタイルまで幅広いトピックスについて執筆してきた。
ベストセラーとなったエッセイ『ピンヒールははかない』(幻冬社)では、ニューヨークの女性たちの生き方を通じて、すべての女性が自分らしく自由に生きることへのエールを送り、近著『My little New York times』(NUMABOOKS)ではドナルド・トランプの大統領就任をきっかけに激動するアメリカ、日本、世の中の流れへの思いを綴っている。
そんな佐久間さんが、困難な時代でも笑顔で人生を切り拓いてきたドクター・ルースの生き方から学ぶこと、また、現在のアメリカ、そして日本社会において「自分らしく生きる」ことなどをテーマに語った。

『おしえて!ドクター・ルース』トークイベント概要
●日時: 7月31日(水)20:45〜21:15
●会場:日本シネアーツ社 試写室 
●登壇者:佐久間裕美子さん(ライター) 聞き手:立田敦子さん(映画ジャーナリスト)




佐久間さん

もちろんドクター・ルースの存在は知っていましたし、テレビでも拝見してはいましたが、彼女の人生や、どうやってあそこにたどり着いたかということはあまり知らなかった。ホロコーストをサバイブして、そして愛の伝道者になり、かつ、今の仕事を始めたのも50歳以上ということで、インスピレーションを受けるポイントが満載で!途中泣きました。私が観てきたアメリカというのは割とオープンな国というイメージが強かったのですが、よくよく考えてみると80年代は保守化していて、また、宗教観が強い国なので、セックスのことを大っぴらに喋るというのは当時で考えるとかなりレアだったと思います。だから、時代の空気感を変えて、同性愛者や色んなマイノリティに勇気を与えてきた人だと思います。

立田さん
ドクター・ルースはドイツに生まれ、疎開でスイスに行き、イスラエル、パリに行き、さらに自由を求めてニューヨークに渡りました。やはりニューヨークは、自由を求め、新しいことをしたい方にとっては約束の地と言えるのでしょうか?

佐久間さん
私もまさに自由に憧れてアメリカに行きました。自由の女神がどーんと立っているということも大きいと思うのですが、一番大きいのは「自分自身でいていいよ」というメッセージをとにかく生きているだけで強く感じるというか。とはいえ、ニューヨークでも住み始めた頃は男性同士や女性同士で手を繋ぐことなどはウエストヴィレッジなど一部の地域に限られたものだったのが、どんどん「自分自身でいいんだよ」という方向になっていって。それに対する反動もあったりするけれど、やはり、表現の自由や個人の自由は、ニューヨークという街の一つのプライドというか。それは普段から住んでいて心強いです。「理想像というものに無理してならなくていいんだよ」ということは教えられると思う。
それから、歳をとることに対してあまり恐れがない気もします。歳をとることがネガティブなものではないということは常に感じています。とくに、ドクター・ルースが52歳であれだけのスターになったということも勇気付けられますよね。

立田さん
ニューヨーク発で活躍しているおばあちゃんということでいえば、アイリス・アプフェルや、今年日本でもドキュメンタリー映画が公開されたRBG(ルース・ベイダー・ギンズバーグ)など、高齢の女性が現役で活躍するということに対しても開かれているということですよね。

佐久間さん
それは、トランプ時代になってさらに加速した感があります。フェミニズムの加速もありますが、そういった高齢の、私たちが得ている権利を切り拓いてきた人たちが、映画やドキュメンタリーのサブジェクトとしてどんどん注目されるようになったんですよね。マドンナが今年60歳になったとか。今の時代だから彼女たちのメッセージが心に響くというところはあるんだと思います。

立田さん
RBGも若い人の間で大ブレイクしてあのような人気になったということですが、ドクター・ルースの授業にも若い人たちがたくさん詰め掛けているということなんですね。若い方たちも、年配の方に学ぶという姿勢があるということなんでしょうか?

佐久間さん
そうですね、とくに女性やセクシャルマイノリティの立場からすると、今、保守の波が襲っている中で、「アメリカってこんな国だっけ?」という気持ちがある中で、「私たちが得ていた権利ってどうしてあるんだっけ?」と見直す好機になっているんだと思います。そうなると、ずっと戦ってきた人たちがすごく輝いて見えるし、学べるところが多いと思うんです。私は長い間、女性のロールモデルがあまりいないと思ってしまっていたのですが、実は本当にたくさんいるんだなと最近思います。ジェーン・フォンダ、グロリア・スタイナム(フェミニストの元祖)のドキュメンタリーも観ましたが、それぞれの人生が壮絶であり、でも笑いやユーモアに溢れていて、怖い時代だからって怖がるだけでなくていいんだという、ひとりの人間として勇気を得ました。

立田さん
ドクター・ルースの人生を見ていると、いかにポジティブで前向きであることが人生を切り拓くポイントになっているかというのが分かりますよね。

佐久間さん
励みになりますよね。しかもドクター・ルースの場合、それが他人を助けることに紐づいている。最初にセラピストとして活動の場に選んだのもハーレムでしたよね。自分もマイノリティでサバイバーなのに、さらに人を助けることに力を注いでいくというのがやっぱり凄いなと思います。また、自分はフェミニストではないと考えているのも面白い。やっていること、言っていることは確実にフェミニストなのですが、人を遠ざけることを嫌うしなやかさもあって。同性愛者とか、自分は当事者じゃないコミュニティの権利拡大を、愛という普遍的な価値観で行い、救ってきたわけですから、頭が下がります。
「ノーマルなんてない」という言葉は心に響きました。もっと「それぞれがいいと思う生き方をすればいいんだよ」という世の中になっていけばいいと思っています。ドクター・ルースみたいな人に「ノーマルなんてない、誰しも自分自身でいいんだ」と言ってもらえるのが心強いです。
それがアクティビストのワーッというタイプの人ではなくて、笑顔と愛の精神でやってらっしゃるというのが良いですよね。こういう映画がどんどん伝わって、観た人たちがどんどん愛をおすそ分けするってなればいいですね。

立田さん
先駆者ってどなたもすごく大変な努力をされていると思うのですが、彼女は軽々とやってのけているように見えますよね。娘さんが「母は人前で泣かない」と仰っていましたが、ご自身が痛みを分かっている人だからなのかなと思い、その人間性に感動しました。
佐久間さん:
自分のやっていることとか言っていることに、揺るぎのない信念がありますよね。あんなに軽やかで、怒っているように見えないのに、本当はすごく強く信じているものがあるというのも素晴らしいです。それに、聖人じゃないところがいい。肉食系女子ですし(笑)。3回目の結婚で真実の相手に出会ったというのも、当時の感覚からしたらかなり反抗的だったと思います。自分の人生の舵を、家族や誰でもなく、自分でとっている感じ。

立田さん
この映画を通してどういうことを受け取ってほしいか、日本の観客の方にメッセージをお願いします。

佐久間さん
日本は和を重んじすぎるあまり、個性や、自分と違う人に寛容でないところがありがちだと思います。例えば、夫婦別姓の問題も、「自分は必要ないからみんな必要ない」という人がいますが、もっと、いろんな人にいろんな選択肢があって選べるという風にしていった方が、国民一人一人の幸せに近づくと思うんです。そんなに難しいことではない。だから、この映画を観た人には、「普通なんてない」「多様性」ということや、「自分と違う志向を持っている人に優しくなれる」ということを考えてほしいと思います。それに、日本も変わりつつある。20〜30代の女性とフェミニズムの話をしたりするのですが、どんどんみんなオープンになっているなと思う。私の世代は活発に議論するのが苦手な方だったと思うのですが、そういう壁が取れてきた気がします。自己表現に対する恐れみたいなものは柔らかくなってきていると思うので、ワクワクしますね。

『おしえて!ドクター・ルース』

監督:ライアン・ホワイト『愛しのフリーダ』  
出演:ルース・K・ウエストハイマー
2019年/アメリカ/英語/100分/アメリカンビスタ/カラー/原題:ASK DR.RUTH/日本語字幕/髙内朝子 
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/drruth/
2019年8月30日(金)新宿ピカデリーほか全国公開